京都大学大学院農学研究科 応用生物科学専攻海洋分子微生物学分野

研究内容

ウイルス駆動の海洋低次生態系の時計仕掛けと海洋への影響解明

背景

海洋における一次生産は主に光合成微生物であるラン藻・真核微細藻類が担い、その純生産量は陸上に匹敵する。海洋生態系は、光合成微生物によって生合成された有機物を起点とした極めて多様な微生物代謝の上に成立しており、結果として、魚類稚仔魚の生産へとその影響が波及する(図1)。従って、有害赤潮の発生をはじめとする海洋現象や海洋生産性・生物多様性の変化を捉え、持続的な海洋資源利用を可能にしていくうえで、この低次生態系を継続的に観察し変動機構を細密に理解することが極めて重要である。最近、rRNA遺伝子に基づく海洋微生物群集構造解析(マイクロビオーム解析)が導入され、その多様性、分布および動態への全球的な理解が深まってきた。加えて、微生物感染性ウイルスが微生物の数を凌駕し、日々10%~40%もの微生物の死滅要因となり、感染・溶菌を通じて海洋物質循環過程に大きな影響を及ぼすことが明らかとなってきた。娘ウイルス粒子の生成は宿主の溶菌を伴うことから、上記の結果は光合成によって同化された有機物が夜間に一斉に放出され、これを利用する従属栄養微生物の増殖・代謝を促進することを意味する。本研究は、ウイルス感染の周期性という海洋物質循環を駆動する未踏の基本原理を解明し、周期性が低次生態系に及ぼす中・長期的影響と海洋システム全体への波及効果を検証する。


(科学研究費基盤研究(S) 令和3~7年度 代表:吉田天士)

研究テーマ (1) 微生物分取技術・包括的メタマルチオミックス解析法を用いた低次生態系の代謝・感染の日周動態の解明

すでに確立済の宿主微生物画分に対するメタトランスクリプトーム手法を用いて、微生物群集解析により抽出される主要一次生産者の出現期ごとに高時間解像度(数時間ごと)で年間を通じて試料を採取する。原核微生物画分より得られたイルミナ社製MiSeq(研究室設置済)によるメタトランスクリプトーム配列から微生物代謝・ウイルス遺伝子の発現動態を定量的に解析する。本解析を通じて、海洋表層に優占する新規一次生産者、好気性一酸化炭素酸化菌や一次生産者由来高分子分解菌などの分離培養を目指す。

研究テーマ (2) ウイルス感染培養系を用いたメソコズム実験による日周をもたらす分子機構(時計仕掛け)の解明

培養により得たウイルス感染・非感染細胞を破砕し抽出液を調製し、海洋原核微生物群集に添加することでメソコズムを作製する。(1)と同手法で高時間解像度のトランスクリプトーム解析を行い、群集構造の変化ならびに応答する遺伝子を網羅的に同定し、低次生態系に及ぼす時計仕掛けの分子メカニズムを明確化する。さらにメタボローム解析によりウイルス感染により変化する藻類代謝産物を探索し、時計仕掛けの起点となる物質の同定を試みる。またウイルス-藻類系による影響の差異解明に必要なウイルスの分離および新たな藻類ウイルス感染培養系の確立の試みを常時行う。

研究テーマ (3) 低次生態系の微生物・代謝・感染を結ぶ因果ネットワークの構築による周期性が中・長期的に海洋低次生態系構造変化に及ぼす影響の評価

低次生態系群集構造解析の定期観測で得られた微生物およびウイルス配列を100%の塩基配列相同性を示す集団(個体群レベル)に分け、出現頻度と環境変数(温度・塩分・酸素濃度・栄養塩の濃度)を多変量解析・ネットワーク解析に供する。これにより、群集ネットワークの微生物間・微生物-ウイルス間相互作用を網羅的に抽出する。

研究テーマ (4) 概日周期性の魚類稚仔魚成長および深層低次生態系への影響解明

一次生産者へのウイルス感染・溶菌(溶藻)により環境へ漏出する有機物料が増加すれば、高次生態系への炭素フローは小さくなるため、高次生態系構成種への負の影響があらわると予測している。(1)と(3)より得られる、日ごとおよび長期的な一次生産者に対するウイルス遺伝子発現活性をウイルス感染活性とし、そこでカタクチイワシ稚仔魚耳石の日成長を高次生態系マーカーとし相関解析を行い、低次生態系と高次生態系の接続性を観察する。

始原的呼吸経路を繋ぐ一酸化炭素酸化菌コレクションの構築とその応用基盤

背景

一酸化炭素酸化菌(HydCO菌)は、始原的呼吸酵素とされるCOデヒドロゲナーゼ (CODH) / ヒドロゲナーゼ複合体を用い水素生成を共役させることでエネルギーを保存する1-3。HydCO菌は、水素供給者として環境の代謝活性を促進する生態機能に加え、水素生産微生物触媒としても期待されている。しかし、HydCO菌の分離事例は限定的であった(図1)。HydCO菌培養株の拡充は将来的な産業応用のみならず、微生物多様性において極めて重要かつ基礎的な知見を与えるものである。本菌の呼吸経路は電子伝達系を介さず、CODH / ヒドロゲナーゼ複合体とATP合成酵素の2つのコンポーネントのみで成立し、補酵素を必要としない。さらに、電子受容体として水さえあればエネルギー保存を行うことが可能であり、これらの特徴から始原生物が有していた太古の呼吸経路と考えられている。本研究で得られる培養株や遺伝子資源は微生物における始原的呼吸経路の進化過程を提示するものであり、微生物学の基礎である『微生物の分離・分類・保存』に大きく寄与する。本研究では、世界的に先行するCO集積培養法によって未記載種の分離探索を推進し、オミックス解析によって新規CO代謝を解明することで、遺伝子資源としての培養株コレクションを拡充する。さらに、CODH大量発現系および通性嫌気性HydCO菌におけるCODHノックアウト技術を用いて、水素生産微生物触媒の開発に向けた基盤研究を行う。


(公益財団法人発酵研究所大型研究助成 令和3-4年度 代表:吉田天士)

研究テーマ (1) 改変CO集積培養法による分離と新種記載

絶対嫌気100% CO雰囲気下で、未報告の電子受容体を含めた幅広い培養条件で独立栄養的に集積する。熱水環境に限定せず多様な試料を分離源とすることでHydCO菌株を拡充し、新種記載を行う。

研究テーマ (2) 新規HydCO菌のオミックス解析

分離株の全ゲノム解読とトランスクプトーム・メタボローム解析により未知CO代謝を解明し、高性能CO代謝酵素の資源化を行う。

研究テーマ (3) 微生物触媒の基盤構築

世界に先駆け作出したCODH変異株を用いて、培養容易な水素生産微生物触媒の作出を試みる。

真核微生物の多様性と進化

背景

海洋環境には多様な真核微生物が生息しており、一次生産者や消費者として重要な生態学的役割を果たしている。特に、海洋環境における純一次生産量は陸上の年間純一次生産量に匹敵する。コンブやワカメなどの褐藻類、珪藻類、ハプト藻類などは、紅藻由来の色素体をもつ光合成真核生物で、海洋の主要一次生産者である。これらの光合成生物はクロロフィルaおよびクロロフィルcを光合成色素としてもち、補助色素としてフコキサンチンと呼ばれるカロテノイドを有する。また、光合成補助色素としての重要性に加え、フコキサンチンは、抗がん作用や脂肪燃焼効果など、ヒトの健康維持に有用な抗酸化物質としても注目を集めている。フコキサンチンは、海洋の主要一次生産者が有する、自然界で最も量が多い光合成補助色素である。にも関わらず、クロロフィルcやフコキサンチンなどの多様な光合成色素がどのように誕生し、様々な光合成生物に利用されるようになったのか分かっていない。つまり海洋における主要一次生産者の多様性や現在見られる光合成機構をどのように獲得したのかを理解することは、海洋環境における一次生産の変遷を理解することに繋がるため、生物学的にも地球化学的にも重要である。


科学研究費基盤研究(B) 令和1~5年度 代表:神川龍馬

研究テーマ (1) 真核微細藻類の多様性解明

海洋環境サンプルからの真核微細藻類の単離と系統学的位置の解明や生理・生態学的情報を詳細に調べることで、真核生物における光合成能獲得の進化過程を解明する。

研究テーマ (2) 真核微細藻類における光合成能喪失進化の解明

海洋微細藻類には、進化の過程で光合成能を喪失した種が存在する。光合成能の獲得進化や色素合成経路の進化を「逆サイド」から研究するため、非光合成性藻類の単離・培養を行い、色素体(葉緑体)の機能をゲノミクスから明らかにする。

研究テーマ (3) 海洋真核微生物におけるオルガネラゲノムの解析

海洋真核微生物の光合成や呼吸といった細胞機能はオルガネラである色素体(葉緑体)やミトコンドリアで行われている。それぞれのオルガネラに存在するDNA(オルガネラゲノム)を解読することで、それぞれのもつ重要な細胞機能のマーカーを開発する。