海洋分子微生物学研究室

研究内容

一酸化炭素の次世代活用に関する分子微生物学的研究

 嫌気性一酸化炭素資化好熱細菌を主な対象として、一酸化炭素を炭素源およびエネルギー源として増殖する細菌の代謝メカニズムと環境における生態学的役割の解明、及び一酸化炭素資化酵素の工業利用可の基盤構築を目指します。

背景

 一酸化炭素(CO)は強い還元力を有し、多くの生物の増殖を阻害する有毒ガスである。環境において、COは火山ガスといった地質学的に限定された要因のみならず、微生物代謝の副産物や有機物の分解によってごく普遍的に供給される。水素生成型CO資化性菌はCarbon monoxide dehydrogenase (CODH)とヒドロゲナーゼを共役させて水素を生成する。これは本菌が環境において阻害物質を除去し、水素エネルギーを供給することを意味し、環境系における代謝活性を促進する'潤滑油'として機能する重要な微生物であると推察されている (図1)。従って、CO資化性菌の環境潤滑油としての機能が明確になれば、COが律速となりうるメタン発酵といった様々なリアクターの改善法が提供される。しかしながら、水素生成CO資化性菌の分子生物学的・生態学的知見はまだ皆無に等しい。
 水素は次世代エネルギーとして期待され、COを含む合成ガス(syngas)から生産されるが、COにより金属触媒が劣化する欠点を有する。そこでCO資化性菌はCOを除去し高効率に水素を生成する微生物触媒となりうる。一方、COはC1有機化合物を合成するための重要な前駆物質でもある。現在、二酸化炭素(CO2)の還元によるCO生産手法としてCO2 + 2e- + 2H+ ⇔ CO + H2Oの可逆反応を行なうCODHが新規触媒として注目されている。CO資化性好熱菌は複数の異なるCODHを同時に有することから本酵素研究のモデル生物と認識されている。しかしながら、CODHの活性中心はニッケルを含む複雑なクラスターを構成する金属酵素で、未だ全貌が明らかとなっていない複雑なタンパク質成熟過程を有し、その大量発現系の構築は極めて困難な状況にある。

研究テーマ (1) CO資科性菌の分子生物学的研究

 鹿児島県鰻温泉よりCarboxydothermus属細菌の新種として水素生成CO資化性好熱菌Carboxydothermus pertinax Ug1株の分離に成功し (図2)、保有するゲノムを決定した。加えて、鹿児島県トカラ列島に位置し水深460mの鬼界カルデラから海洋性の水素生成CO資化性好熱菌を見出した。本菌は多様な電子受容体を用いて水素生成し、広範囲に渡る増殖塩分濃度など奇特な生理学的性質を有しており、新属細菌として記載しゲノムを決定した。当研究室に設置されたIllumina社製次世代シーケンサーを用いて我々が新規に分離したCO資化性好熱微生物のゲノム情報に基づき、メタボローム/トランスクプトーム解析による分子生理学的研究を進めそのCO代謝制御メカニズムの解明を行う。

研究テーマ (2) CO代謝に依存した環境メカニズム

 定量的リアルタイムPCR法により、鰻温泉堆積物からは全菌数に対して10%に相当するCODH遺伝子が検出され、本調査地点ではCarboxydothermus属細菌を軸とした微生物叢による新規なエネルギー・炭素サイクルが存在する可能性を示した。メタゲノム・メタトランスクリプトーム解析によってCarboxydothermus属細菌が生息する高温環境の微生物菌叢における、微生物代謝で生じるCOからCarboxydothermus属細菌によって生産される水素を介した代謝サイクルの解明を行う。

研究テーマ (3) 活性型CODH発現系の確立

 水素生成型CO資化性菌が有するCODHのうちCO酸化に関わると推察されるCODH IIの大量発現系の構築に成功した。加えて、光触媒系として有望視されるCODH Iは発現系が未確立であったが、活性中心へのニッケル挿入に関わる成熟タンパク質の1つであるCooCの共発現により活性が向上する可能性を見出し、その共発現系を構築した。さらなるCODHの成熟タンパク質の機能を解明し、CO2をCOへと変換する光触媒開発の基盤化を目指す。


(科学研究費基盤研究(A) 平成25~27年度 代表:左子芳彦 分担:吉田天士)

ウイルス-微生物の生態学的相互作用とゲノム進化

 海洋細菌、超好熱古細菌とラン藻を主な対象として、その生息環境のウイルスメタゲノム(ビローム)と微生物ゲノムにコードされるウイルス感染履歴を照合して、微生物ゲノムの多様性の創生・維持のメカニズムを探ります。

背景

 水圏生態系おいてウイルス・ファージが極めて高密度に存在し(粒子密度107~108/ml)、同時に極めて大きな遺伝的多様性を含有する生物学的存在である。そのため微生物-ファージ間の相互作用は、環境微生物の動態を理解する上で欠かすことのできない重要な生物現象と認識されるに至っている。さらにファージ相互作用は、次のモデルにより微生物のゲノム進化・種内多様性にも大きく影響すると考えられている(図1)。

1)ある環境に対して適応してある微生物個体群が増加しても、ファージ感染頻度が増すことでその個体群は減少し、もとの宿主遺伝的多様性が維持される(頻度依存的選択)

2)感染・被感染頻度が増した微生物‐ファージ系では、微生物による耐性獲得‐ウイルスによる防御回避という競合的軍拡競争により、急速に両者の遺伝的変化が起こる共進化

 遺伝子解読技術の発展により、未培養のまま微生物ゲノム配列を解読することが可能になった結果、微生物種内で高度に保存される遺伝子領域(コア遺伝子)に加え、大きく異なる領域(ゲノミックアイランド)が存在することが明らかとなった。すなわち微生物は、ゲノミックアイランドとして個体ごとに遺伝子レパートリーを変え、種全体で保有する遺伝子総数(パンゲノム)を大きくして、集団として環境変化に対応してきたことを意味する。このように微生物多様性の実態はパンゲノムとしてとらえることが可能である。ゲノミックアイランドは、しばしば細胞表面構成因子のコード領域に出現する。表面レセプターを介して感染するファージに対して、宿主はこの領域の変異により耐性化していることに起因していると考えられる。次のテーマにより、新規微生物ウイルスの探索、ファージ‐微生物宿主の組み合わせの特定、ファージ‐宿主の共進化過程のもとで環境条件の変化に伴う微生物ゲノム多様化様式と増殖生理の変化を解明する。

研究テーマ(1)ウイルスは海洋生物多様性を創生・維持する素粒子か?

 海洋環境は莫大な数の微生物ウイルスが存在し、微生物宿主への感染・溶菌を通じて物質循環過程を制御している。さらに、両者は絶えずせめぎ合い、微生物多様性の形成にかかわっていると予測されている。本研究では内湾に黒潮が不定期に侵入し不連続に環境が大きく変化する海域を中心に、環境から調製したDNAの塩基配列を網羅的に解読するメタゲノム解析により、微生物・ウイルス多様性とウイルス発現を包括的に追跡する。これにより環境変化に適応した(出現頻度の高い)微生物個体群とそれに感染するウイルスの組み合わせを特定し、相互作用で生じる急速なゲノム変化を観察する。このようにウイルスとの相互作用は、頻度依存的選択による多様性の維持と競合的軍拡競争による急速なゲノム多様化という、2つの並列的な過程を通じて微生物多様性をもたらすとの仮説を検証する。本研究成果は地球温暖化等による環境変化に対して、海洋生態系を支える微生物群集の遺伝的構造の維持・変遷過程を予測することにつながる。


(キャノン財団研究助成プログラム「理想の追及」 平成26~29年度 代表:吉田天士)

研究テーマ(2)ウイルスが駆動する古細菌ゲノム進化の解明

 Aeropyrum属古細菌は海洋性の超好熱菌で、現在知られている絶対好気性生物において最高温(100℃)で増殖する。A. pernixはトカラ列島浅海熱水孔から分離され、クレンアーキオータ門古細菌として最初に全ゲノムを解読された。小笠原トラフ深海熱水孔から分離された近縁種A. camini(図2) のゲノム比較解析を行った。その結果、互いに生息環境(深海と浅海)が異なるが、保有する遺伝子とその並び(シンテニー)が高度に保存され、極限環境に適応してゲノムに合理的縮小化が起こっていることを見出した。一方、A. pernixにおいてシンテニーが崩壊する2か所遺伝子領域がウイルスとして放出されることを示し、古細菌における初発の溶原ウイルスの報告事例となった。一方のみが含むゲノム領域の多く(41-45%)はウイルスに由来すると考えられるORFan (データベースに相同遺伝子が見いだされない)であった。4)また、熱水環境より2種の新規ウイルスを発見したことにより6)7)、古細菌においてウイルス駆動によるゲノム多様化が引き起こされている可能性を見出した。
 次の課題によりウイルスが駆動する古細菌ゲノムの進化過程を解明する。

(1)日本各地の沿岸や熱水孔から本属古細菌を分離し、比較ゲノムにより株間・地理的差異に基づくゲノム多様性を明らかにする。

(2)ウイルスの感染履歴を示す、宿主の獲得免疫機構CRISPRと環境中に存在する多様なウイルス由来配列(ウイルスメタゲノム)を比較し、株間・地理的差異による感染ウイルス群集の差異を明らかにする。

(3)相互作用するウイルス群集による本属ゲノム変化の差異を明確化する。


図2. 超好熱古細菌 A. caminiの電子顕微鏡像

研究テーマ(3)ファージ相互作用によるアオコ原因ラン藻の遺伝的・生理的変動の解明

 アオコは、ラン藻の異常増殖により湖沼で発生する自然現象である(図3)。中でも、ミクロキスティスは、発癌促進作用を持つ肝臓毒ミクロシスチンの産生能を持ち、日本を含む世界各地に分布することから極めて重要な生物種として位置付けられてきた。 世界に先駆け分離したミクロキスティス感染するシアノファージ(Ma-LMM01) 、ミクロキスティス分離株に対するウイルス感染履歴CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)の解析といった基礎研究を通して、本種が想像をはるかに超える極めて多様な未知ファージと相互作用していることを示した。次の課題により、地球温暖化等の環境変化にともない、ファージが本種ゲノム多様化と増殖生理へ与える影響を解明する。

(1)感染履歴の異なる複数の本種株間の比較ゲノム・生理学的解析により、ファージ耐性獲得によってもたらされる本種の増殖生理の変化を解明する。

(2)メタゲノム解析による本種感染ファージの遺伝的多様性を解明する。

(3)(2)で明らかにした複数の本種-ファージ感染系を含む疑似環境を用いて、環境条件の変化に伴う本種ゲノム多様化様式と増殖生理の変化を解明する。


図3 広沢池で発生したアオコ


図4 アオコの顕微鏡写真


図5 CRISPRとはリーダー(L)の直下流に新たに侵入したファージの配列の一部(30~50bp)をスペーサーとして獲得し、スペーサー配列と一致するDNAを切断して感染を阻害スペーサーの並びは株ごとの感染履歴となる。


図6 ミクロキスティス感染性シアノファージのネガティブ染色像

テーマ 次世代発酵技術の確立に向けたファージの宿主乗っ取り機構の解明

ラン藻に感染するシアノファージは、宿主ラン藻の複製・代謝系を乗っ取り、自らのコピーを大量に作り出す。その巧妙な宿主乗っ取り分子メカニズムを解明し、効率的光合成利用措置としてファージ遺伝子資源を網羅的に開発する。

(1) 感染過程におけるトランスクリプトーム解析により、宿主ラン藻を代謝・複製系を乗っ取る未知ファージ遺伝子を明らかにする

(2) 同定したファージ遺伝子のラン藻宿主内での発現系を構築し、その宿主内の標的因子と作用機作を解析することにより乗っ取り機構を解明する。

(3) 宿主ゲノムのファージ感染履歴配列(CRISPR)によるファージ探索技術法を用いてメタゲノムから新規シアノファージ由来配列を網羅的に収集する。(2)で確立した手法によりこれらの機能推定を行い、有用ファージ遺伝子ライブラリーを構築する。
(科学研究費基盤研究(B) 平成23~25年度 代表:吉田天士 分担:左子芳彦)

窒素固定ラン藻の生態学的役割の解明と次世代バイオ燃料生産系への利用

背景

 窒素固定ラン藻は、光合成のみならず、大気中の窒素ガスを取り込み、細胞内でアンモニア態へと変換する窒素固定を行うことができる。海洋環境中では、生物が直接利用可能な硝酸・アンモニア態窒素や有機態窒素の量は非常に限られており、多くの生物が窒素源によってその増殖を制限されているため、窒素固定ラン藻は重要な窒素供給源として注目されている。この窒素固定により増殖が制限されがちな他の一次生産者の増殖が促され、ひいてはその光合成により、大気中から海洋環境中への二酸化炭素の移行を促す生物ポンプの駆動が促される。このことから窒素固定ラン藻は、単なる窒素供給源としてだけではなく、全地球的な気候変動や物質循環に大きく影響していると考えられている。
 また、窒素固定ラン藻はその保有する多様な代謝機構から、バイオ燃料などの応用学的側面も注目されている。特に単細胞性窒素固定ラン藻Cyanothece属は、グリコーゲンの貯蔵能や発酵能、好気条件下における水素生産能を有し、さらに培養に炭素や窒素源が不要である点から、次世代のエネルギー生産系として注目されている。
 当研究室では、窒素固定ラン藻が有するこの生態学的・応用学的価値の両側面に注目して、大きく下記の2点の研究を行っている。

研究テーマ(1)瀬戸内海における窒素固定ラン藻の生態学的役割と窒素動態への寄与の解明

 当研究室の研究により、日本海・瀬戸内海における窒素固定ラン藻の分布が初めて解明された。特に瀬戸内海では、河川由来の栄養塩の供給が豊富であることを考慮すると、窒素固定能を有する利点が少ないように考えられるが、単細胞性窒素固定ラン藻が多量に存在していた。このような栄養塩の豊富な沿岸海域における窒素固定ラン藻の生態学的重要性は未だ十分に解明されておらず、どのような役割を担っているかも不明である。当研究室では、環境試料中の窒素固定ラン藻の動態を調べる生態学的アプローチとそこから単離した窒素固定ラン藻に関する生理学的アプローチを併用し、瀬戸内海における単細胞性窒素固定ラン藻の影響の解明を試みている。

研究テーマ(2)単細胞性窒素固定ラン藻Cyanothece属の単離と次世代バイオ燃料生産系の利用

 今までの瀬戸内海における調査から、現在複数のCyanothece属の分離株を確立しつつある(図1)。これらの株の基本性状解析を行うことで、より高効率な水素生産能や発酵能を有する株を選定する。さらに、本研究室に設置されている次世代シーケンサーMiSeqを用いたゲノム解読・網羅的転写解析を通じて、その詳しい代謝機構や性状の解明を行う。これらの解析により、Cyanothece属分離株を用いた次世代バイオ燃料生産系の構築を目指す。


図1 当研究室で分離されたCyanothece属分離株の蛍光顕微鏡写真(×1,000)